ラティーノ票のゆくえ

少し古いけど8月22日の毎日新聞の記事

米社会の相克2 ヒスパニック


 「私たち夫婦はどちらの候補にも投票しないだろう。オバマに投票するぐらいならマケインに投票するよ」
 
 メキシコ国境に近いテキサス州ビービル市の弁護士、シド・アリスメンデズ(39)は11日朝、父親から唐突に言われた。父は他の多くのヒスパニック(中南米系)と同じく民主党支持者だが、同党のオバマ上院議員より共和党のマケイン上院議員を評価する。

 アリスメンデズさんも同じ意見だ。「オバマ氏は若くてナイーブ。退役軍人で経験のあるマケイン氏の方が大統領にふさわしい」

 ヒスパニックの6割は民主党支持で同党の有力基盤だ。だが、移民慣用政策や医療保険拡大政策を支持する一方、多くはカトリックで、中絶反対など共和党保守派の価値観を共有。この二面性が党派への帰属と、それに反する投票行動の「ねじれ」を生んでいる。04年大統領選では共和党保守派のブッシュ大統領に4割が投票。「揺れる層」と注目された。

 「ラテン系社会はオバマ氏を支持しつつある」。2日、カリフォルニア州で開かれた全米最大のヒスパニック団体「ラテンアメリカ市民連盟」支部会で議長のデビット・ロドリゲスさんが現状報告した。閉会後、記者が参加者約30人に支持候補を聞くと大多数がオバマ氏に手を挙げた。

 ヒスパニックは民主党予備選で、国民皆医療保険を目指すヒラリー・クリントン上院議員を熱狂的に支持した。ロドリゲスさんは「我々の候補はヒラリーだったが敗れた。それで方向転換したんだ」と漏らし、クリントン氏への未練を隠さなかった。

 世論調査オバマ氏はヒスパニックの6割強から支持を得ている。だが、コラムニストのマリー・エレナ・サリナス氏は「単に反共和党オバマ氏支持なら、どれだけ固い票か疑問だ」と指摘している。オバマ氏は予備選でクリントン氏に投票した4人に3人しか取り込めていない。マケイン氏との接線を勝ち抜くにはさらなる支持獲得が欠かせない。

 「本命ヒラリー」を失ったわだかまりを乗り越え、オバマ氏へと結集しているかに見えるヒスパニックだが、実情は再び漂流しかねない危うさをはらんでいる。

【ビービル(テキサス州)で吉冨裕倫】

記事に出てくる「ラテンアメリカ市民連盟」とはLeague of United Latin American Citizens(LULAC)のこと*1このエントリでも少し触れたあの団体である。

前の記事で「ヒスパニック」を名乗るのは自らの「白人性」を強調することと書いたけど、LULACは未だに自らを「合衆国内で最大で最古のヒスパニック組織」と名乗っている*2。このことからもわかるように、LULACはどちらかというと保守的な性格を持っている組織なのである。

さて、記事でも触れられているように、近年共和党ラティーノ票取り込みの努力*3が一定の効果をみせて、およそ4割は共和党を支持するようになっている。特に子ブッシュテキサス州でかなりのラティーノ票を獲得したのは記憶に新しい。こうした共和党支持のラティーノの中心は中産階級以上の裕福な層であることは説明の必要はないだろう。逆に、それだけラティーノのなかに裕福な層が増えたということもいえるかもしれない。70年代初頭の時点でメキシカンアメリカンの9割が労働者階級(その多くは低賃金労働者)であったことを考えると、ここ30年ほどでラティーノは一定の経済的社会的上昇を果たしているといえるのだろう。まあ、事態はそんなに単純じゃなくて、階級格差が拡大しただけといえるのも確かだけど。

70年末から80年代にかけて、LULACは非合法移民に対するネイティヴィズムと闘う道を選び、非合法移民の権利擁護の中心的な勢力として大きな影響力を発揮した。この時期のLULACはレーガン政権と真っ向から対立していたのだけれど、1986年に雇用者罰則*4などの移民制限を規定したImmigration Reform and Control Actが成立して以降は政権と友好的な関係へと方針を転換した*5

80年代後半以降、もともと中産階級中心の組織であるLULACが共和党ともうまくやっていくことを選択しているのは明らかであったし、最近の非合法移民擁護の中心はもっとラディカルな組織が中心になっていて、LULACの顔が見えなくなっていたのもあって、現在のLULACの政治的立場はどうなっているのかわからなかった。LULACのメンバーの中には相当数の共和党支持者がいるであろうとは予測していたのだけれど、どうやら組織としては民主党支持を打ち出しているということが、今回の記事でわかった。

ところで、この記事には大きな矛盾が存在する。ラティーノ票の「ねじれ」の原因を妊娠中絶への反対などの「保守的な価値観」に求めながら、そのねじれによってラティーノの「反オバマ」を説明しているのである。もし、妊娠中絶問題がラティーノの投票行動に大きな影響を与えるとするなら、がちがちのプロチョイスであるヒラリーをラティーノが圧倒的に支持するはずがない。ヒラリー支持の理由の一つとして国民皆保険をあげているけれど、例えオバマが限定的な保険制度しか主張していないとしても、それがマケインを選ぶ理由にはならない。そもそも政治的なポジションでいえばオバマよりもヒラリーのほうがよっぽどラディカルなのだから、「保守的な価値観」によって反オバマになるわけもない。

ラティーノの反オバマの大きな理由はラティーノと黒人の長年の対立感情にあるのだろう。ただ表立ってオバマが黒人であるからという理由で反対できないので、「若くて、ナイーブ」といった表現をとっているだけであろう。職や居住地をめぐるラティーノと黒人の対立は根深いものがある。また、ラティーノの黒人に対する差別感情も決して軽視できないものがある。白人から見れば、ラティーノも黒人も有色人種であって、両者とも肌の色による差別をうけるという意味では同じ立場にもかかわらず、「あいつらとは違う」という意識がラティーノの中に存在することは否定できない*6。同じ被差別マイノリティであったとしても単純に手を取り合って白人社会と闘うといった構図にならないのが人種問題の複雑なところなのであろう。

ともあれ、現在の状況はオバマが優勢のようである。ただ、ここで危惧されるのが、自らが差別主義者であると思われたくないために、世論調査では黒人候補を支持するといいながら、誰にも見られる心配のない投票箱の中でのみ密かな差別意識を発露する、いわゆる「ブラッドレー現象」である。黒人に対する差別意識といった場合、ほとんどが白人のみを想定しているけれど、実際には、ラティーノにもアジア系にも黒人への差別感情を抱いている人間は相当数存在する。大統領選を決するのは、白人のみならず、こうしたマイノリティの黒人への差別意識がどれだけ投票行動に影響を与えるかであるのは間違いがない。

*1:HP:http://www.lulac.org/

*2:http://www.lulac.org/about.html

*3:ラティーノ票の重要性に最初に気づいて取り込みを図ったのは、カリフォルニアが地盤であったニクソンであった。

*4:非合法移民であると知りながら雇用した雇用者に罰金を与える制度。実際には抜け穴だらけで全く効果はなかった

*5:このあたりの事情は、村田勝幸、『〈アメリカ人〉の境界とラティーノエスニシティ』、東京大学出版会、2007年などを参照のこと。ただ、この本のLULACを扱った章の内容に対しては批判もある。

*6:こうした状況を受けて、近年ブラック・エクセプショナリズムなどの議論が出てきている。