続・竹島は日本の「固有領土」ではありません

toremoko2008-05-23

前の記事は随分と反応があった。コメント欄で「ひまじん」という方がwikipediaをソースに反論してこられたので、返答しようと思ったけど、長くなるので一つのエントリにすることにした。

鳥取藩だけが日本ではありません。

竹島は因伯二国に付属すると認識していた幕府の問い合わせに対して鳥取藩が「竹島も松島も関係ありません」と返答し、それを受けて幕府が認識を改めたのが竹島一件の経過です。幕府は鳥取藩の返答に「松島」という言葉があったので、それに関しても鳥取藩に問い合わせています。その際の鳥取藩の返答は、松島は竹島に行く途中に立ち寄って漁をするというものでした。つまり当時の松島は竹島に行く途中の寄港地でしかなかったわけです。こういったやり取りのもとで、竹島への渡海が禁じられているのですから、松島は除外されているという主張は非常に筋の悪いものです。もし、松島は日本のものとすると考えていたのなら、鳥取藩の松島も関係ないという返答に対して何らかのアクションを起こすのが当然でしょう。

また、竹島に関して朝鮮に対して送った公文書の中にも松島は除外すると明確に記すべきでしたが、そういった言及も見られません。鳥取藩の言い分に反論していない以上、幕府も鳥取藩の見解をそのまま受け入れたと考えるのが妥当でしょう。また、安龍福が1696年に来日した際に、「竹島も松島も朝鮮のものである」と主張した事に対しても「松島が日本のものである」と認識しているような反応は一切見られないのは何故でしょう。

竹島と縁が深かったのは密貿易をした石見国浜田藩だったので「付属しない」と幕府に返答したのも当然です。

意味がよくわかりません。幕府と鳥取藩のやり取りは1695年のことで、密貿易事件よりも前ですよ。米子町人である大谷・村上家が「免許状」を得て竹島に出漁していたという事実はお忘れなのでしょうか。それだからこそ、幕府も鳥取藩に問い合わせたのでしょう。

そもそも渡海禁止令は再度の密貿易を防ぐためであり、領土問題に結びつけた内藤氏の解釈が無理があると思います。

そもそも竹島一件の発端も竹島において朝鮮人と日本人が遭遇することがあるということから発しています。つまり密貿易の温床となる可能性があるというものです。幕府の鎖国政策という文脈で考えたときに、竹島は禁じるが松島は除外するというのは明らかにおかしいものです。なぜなら、松島でも密貿易ができるのですから。松島を日本のものであるとし、その上で密貿易を禁じるには、朝鮮人が近寄らないように朝鮮と話を付けるもしくは定期的に見回りをする必要がありますが、幕府は渡航を禁止しただけです。ひまじんさんの挙げた根拠は全くの逆の意味を持つと考えられます。

竹島鬱陵島)外一島」の中に、松島が含まれている証拠はありません。

1877年の太政官布告が出された背景として1876年に青森県人武藤平学や千葉県人斉藤七郎兵衛が提出した「松島開拓願」を考える必要があります。この松島は明らかに鬱陵島のことを指しています。同時期に島根県士族戸田敬義によって出された「竹島渡海願」は検討されることもなく却下されましたが、斉藤らのいう「松島」がどこを指すのかが不明であるために、検討されることとなったのです。

外務省の「松島巡視要否ノ議」において、記録局長渡辺洪基は以下のように提案しています。

昔は竹島関係の記事が多く、松島について記したものはない。これは二つの島なのか、或は一島に二つの名前があるのか、諸説がいろいろあって政府部内ではどちらが正しいか決するものがない。かの竹島は朝鮮の鬱陵島であり、幕府の時代に消極的姿勢の結果として朝鮮にまかせることにした。故に、ここでいう松島が竹島であれば朝鮮のものであるし、竹島以外の松島であるとすれば日本のものになるが、これを決定するものはない。そのため島根県に照会して、これまでの歴史的経過を解明し、併せて船を派遣して実際を検分する・・・

つまり、ここで問題とされているのは「松島」が実際にはどこを指すのかであり、渡辺は松島が鬱陵島ではないなら、日本のものであると述べています。この時点で政府は松島(現竹島)のことを明確に把握していたわけではなかったのです。

同年内務省が地籍編纂の関係上島根県に「竹島外一島」の所属について島根県に照会しました。その結果島根県としては、島根に編入すべきと回答しましたが、内務省は更なる調査の結果「竹島外一島」は関係ないとしたわけです。その際に添付された「磯竹島略図」には松島として、現在の竹島が描かれています。この地図では「磯竹島」と「松島」が同様に強調して描かれています。それに対して隠岐朝鮮半島は薄く描かれています。もし竹島外一島の一島が鬱陵島のすぐ横にある竹嶼を指しており、松島は日本のものであると考えているのであれば、何らかの注釈を付けるはずですが、そういったものは見当たりません。地籍編纂がもともとのきっかけであるですから、鬱陵島ではない「松島」が存在していると認識し、なおかつこの島を日本のものであると考えていたのであれば、この時点で島根県編入しないことの理由がわかりません。

これらのことを総合的に考えれば、竹島外一島に現在の竹島が含まれていたと解釈する方が妥当でしょう。

ちなみにwikipedia竹島外一島では太政類典第二編を分析して

本文に書かれている「竹島」の状況や島の周囲の大きさ、位置関係の比からすると「竹島外一島」は「鬱陵島と松島」を示していると考えられるが、実際の距離は隠岐から鬱陵島まで約250km、隠岐から現在の竹島まで約160kmなのでこの記述の距離とは大きな差がある。

と書き、結論として

従って、1877年の「竹島外一島」とは、文中の竹島〜松島〜隠岐の距離の比や本文中の状況からいえば、鬱陵島と現在の竹島を意味している事になるが、その距離からいえば鬱陵島の北西に描かれた「架空の竹島(アルゴノート島)」と「現在の鬱陵島の位置に記載されている松島」を意味していることになる。

と書いていますが、実際には存在しない「架空の竹島」の状況を本文中に詳述しているというのはいったいどうしてでしょうか。実際にどのように描写されているのかといえば、

「磯竹島竹島と呼ぶ。隠岐国の北西120里にあり、周回およそ10里、山は峻険で平地は少し、川は3本あり又瀑布がある。・・・次ぎに一島ある。松島と呼ぶ。周回30町、竹島と同一路線にあって隠岐から80里ある。木や竹は稀で又魚や獣が獲れる。・・・」

松島が鬱陵島であるとするならば、ここでの松島の描写は明らかにおかしいですね。この文章を書いた人が竹島鬱陵島、松島を現竹島と認識していたことは明らかです。これを距離の違いだけを理由に「架空の竹島」を持ち出すのは非常に筋の悪い強引な解釈に思えてなりません。まるで歴史修正主義者の解釈のような。



最後に。僕が紹介したのは内藤正中の本のごく一部です。この本では川上健三や下条正男などの論に対して論拠を挙げて批判しており、また、于山島の変遷や安龍福の件も川上らの論を徹底的に批判したうえで詳しく論じられているので、反論するのであれば、本を読んでからそれに即してお願いします。

竹島は日本の「固有領土」ではありません

こんなニュースを見つけた。どうやら文科省竹島を日本の固有領土であると教えることを強制しようとしてるらしい。一連のナショナリズム喚起策の一環であろう。以下朝日の報道。

竹島、日本の領土と明記へ 指導要領解説書で文科省方針
2008年05月18日21時04分

 文部科学省は、12年春から全面実施される中学の改訂学習指導要領の解説書で、韓国と領有権をめぐって争いのある竹島について「我が国固有の領土」と明記する方針を固めた。解説書は7月ごろまでにまとめる予定。法的拘束力はないが、教科書編集などに影響を与えそうだ。

 中学の現行指導要領は「北方領土が我が国の固有の領土であることなど、我が国の領域をめぐる問題に着目させる」と書いてあり、改訂後も変わらない。改訂にあたっては、自民党の一部から「竹島も明記すべきだ」との声が上がり、文科省が公募した意見でも同様の主張が数多くあったが、日韓首脳会談で「シャトル外交」再開に合意した時期だったこともあり、見送られた。解説書に記すのは、こうした意見にも配慮するためとみられる。

 文科省が作成する解説書は、教師が授業を実施するにあたっての指針になると同時に、出版社が教科書を作成する際に参考にしている。現在は中学の公民、地理ですべての教科書が北方領土問題について記しているのに対し、竹島はまちまち。解説書に載ることで、取り上げる教科書が増えるとみられる。

 ■韓国政府当局者は「事実なら適切な措置」

 韓国政府当局者は18日、「日本の報道内容を確認中だが、事実と確認された場合には、政府として(抗議や是正要求など)適切な措置を取る計画だ」と述べた。聯合ニュースが伝えた。(ソウル)

韓国の政権が変わって日韓関係が落ち着きそうだとの観測が流れたとたんに相手を挑発するこの行為。どうやら日韓友好は望んでいないらしい。敵を作ったほうがいろいろと都合がいいから。

ところで、日本においては竹島は日本の固有の領土という言説はかなり受け入れられている。竹島は日本の固有の領土ではないとしている報道は見たことがない。現在の状況下で日本人が竹島は日本の領土ではないと発言するのは非常に勇気のいることだろう。

しかしながら、現在外務省の主張する「固有領土説」は非常に疑わしい。参考までに現在の外務省の主張は以下の通りである。

竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場

竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。
韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。
※韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。

以下この主張を、内藤正中・金柄烈著『史的検証 竹島・独島』(岩波書店、2007年)をもとに検討する。

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時間差筋肉痛

一昨日、個人的な懸案事項が一つ片付いたので、開放感に浸りながら友人たちの飲み会に参加した。一次会はホルモンやさんでビール片手にホルモンを次から次へと平らげた。ホルモン食べたのは久しぶりだったけど、これがまたうまかった。一番気に入ったのはコリコリ。牛の大動脈なんだけど、見た目はまるでイカ。口に入れるとその名の通りコリコリした歯ごたえで絶品だった。

二次会はいきつけのバーみたいなところにいった。普段はくだらない話を延々として終わりなんだけど、一昨日は違った。後輩の一人がトランプを見つけてきたことから、なんかやろうかということになり、インディアンポーカーをやることになったのだ。

普通にゲームをするだけではつまらないから、罰ゲームをつけることになった。その罰ゲームとは、腹筋、腕立て伏せ、スクワットの中からどれか一つを決められた回数やるというものであり、その回数はどんどん増えていくのである。初めのうちは楽々とこなせる回数であったけど、罰ゲームが五回目を越えるあたりになると、体が全くいうことを聞かなくなり、地獄の苦しみの中、何度も休みながらなんとかやり遂げるといった有様で、最後の方は罰ゲーム実行者の苦痛の叫びを聞きながらみながゲラゲラ笑っているという状況だった。

こんなことを書くと、まるで腹筋二百回とかスクワット五百回とかやっていそうだけど、実際はそれほどたいした数ではない。恐らく普段から運動をしている人にとっては楽々こなせる回数*1であろう。ただ、その場にいたのは皆筋金入りの運動不足を誇る面々であり、そのわずかな回数をこなすだけでも地獄の苦しみを味わうことになってしまったのだ。

ゲームが終わる頃にはみなヘロヘロになっており、翌日もしくは翌々日には確実に筋肉痛でのた打ち回ることが運命付けられていた。願わくはせめて翌日には筋肉痛に襲われていますように。筋肉痛が二日後にくるとか年を実感させられる事態だけは避けられますようにというのがその場の僕の願いだった。

さて、翌日目が覚めてみると、背中と腰がすごくだるい。おお!筋肉痛が翌日にはやってきた!まだまだ僕の体も若いではないか。しかもそこまで激烈なものでもないし。などと満足感に浸っていたが、不思議なことに一番使ったはずの腹筋はなんともないのである。もしやあれくらいの運動ではびくともしないぐらいの腹筋なのだろうか。そんなに鍛えているわけでもない、というかどちらかというと最も鍛えていない部分であるはずなのに不思議なこともあるものよ。

ところが、その日の晩ごろにとうとう奴はやってきた。昼間はなんともなかった腹筋が猛烈な筋肉痛に襲われたのだ。部位によって筋肉痛がやってくるのに時間的な差が生じるなんて。こんなの初体験。結局僕の腹筋は背中や腰よりもずっと衰えているということか。これは本気で鍛えなおさないといけないかもしれない。


というわけで、今日の僕はいまだに続く筋肉痛に苦しめられながら、この文章を書いている。

*1:具体的な回数は恥ずかしいから書かない。

中国ウォッチャーという肩書き

今朝朝刊を見ていると、週刊現代の広告が目に留まった。今週は「中国『好き』か『嫌い』か」という特集をやっていて、保坂正康とか姜尚中なんかが寄稿している。(参照

どんな人がどんなこと言ってるのかなと思って眺めていると、あまり見慣れない肩書きが目に入った。その名も「中国ウォッチャー」。この肩書きを名乗っているのが前回の記事にも登場した宮崎正弘である。この人中国ウォッチャーを名乗っていながら例の写真のデマに見事に食いついていたのか。

宮崎正弘ってのはどのような人物なのかwikipedia調べてみた。それによると、

宮崎 正弘(みやざき まさひろ)は日本の評論家、作家、保守派の活動家。

と書いてある。更に、

拓殖大学日本文化研究所客員教授も勤めている。

と略歴に書いてあった。なんで中国ウォッチャーが日本文化研究所なんだ?というわけで拓殖大学日本文化研究所調べてみた。それによると、

日本文化研究所は、1987年4月に「現代文明に変り得る、新たな文明の核としての日本を研究する機関」として設立された。当時の名称は、日本文化研究室で研究員は所長と客員研究員3名加えて、各学部・大学院に所属する教員が兼務するという形が取られていた。1994年に「建学の精神に則って我が国と世界の学術と平和に寄与する研究機関」へと設立の目的が変更され、研究室も研究所へ昇格すると同時に、紀要も大幅変更された。研究所に昇格したことにより、研究所所長、専任教授、専任研究員を抱えることとなる。研究内容も昇格同時にテーマが「アイデンティティの探求」という一点に絞った研究に変更された。1998年8月には、日本文化研究所付属近現代研究センターが設立。台湾との共同研究「後藤新平新渡戸稲造事跡国際検討会」の参加や学術検討会などへの参加。また、拓殖大学台北分校調査などが行われた。韓国でも拓殖大学京城分校の調査が行われた。明治以降の近代化や戦後の歴史編纂などで掻き消された歴史や文化をもう一度掘り起こし、検証することを研究の目的としている。そして、この研究所で得られた成果を新日本学として紀要や公開講座などで紹介している。紀要として『季刊新日本学』を年四回発行している。また、一般市民向け公開講座「新日本学」を毎週火曜日に開講している。内容は日本文化チャンネル桜でも視聴可能である。研究所は、拓殖大学国際教育会館内の別館研究所棟にある。

どうもろくでもないところのようだ。

話が脱線した。とにかく、この人は沢山の肩書きを持っているのだけれど、あえて選んだのが「中国ウォッチャー」なのだ*1。まあ、中国特集だからこれを選んだのかもしれないけど、僕なんかはこんな肩書きを名乗っている時点で怪しいのではないかと思ってしまう。

それとも中国ウォッチャーというのは、僕が知らないだけでものすごくメジャーな肩書きなのだろうか。というわけで、「"中国ウォッチャー"」でぐぐってみた。その結果表示されたのは2140件*2(4月21日現在)。どうもあんまり多くない気がするけど、割とメジャーな言葉なのかもしれない。

さて、「中国ウォッチャー」とはいったいどのような人々なのだろうか。一番上に表示されたのがこれ青木直人というチャンネル桜の常連さんらしい。それよりも、「南京ペディア」なるサイトがあるとは知らなかった。このサイト「南京の真実」の応援サイトらしい。「初めての方へ」というページにはこんなことが書いてあった。

日本の平和を望む人が本サイトなどの様々な情報から南京の真実の真の目的を理解できたならば、応援せずにはいられなくなりますよ。

応援する気にはなりませんでした。申し訳ない。

またまた脱線してしまった。元に戻そう。ぐぐった結果を見てみると、やはり宮崎正弘青木直人の名がよく出てくる。この二人がツートップなのかな。それ以外では、『「人」を食う中国人、割を食う日本人』というを出した「新進気鋭の中国ウォッチャー」五十嵐らんとか産経の名物記者こもりん*3とかの名前が見受けられる。こもりんは説明するまでもないのでほっといて、この五十嵐らんという人はどういう人なんだろうとこの本の元になったブログを見てみた。この人は映画「靖国」に非常に不満があるらしく、

90の老人への配慮もない若者の驕り、映像屋としての基礎も出来てない愚かさに恥ずかしくさえなる。
この監督は「表現の自由」などと語る資格もないし、この監督に同調しているすべてのマスコミや表現者たちは、
恥を知れ。(筆者による改行あり)

と強い調子で憤っている。どうやら一部の情報のみで判断する人のようだ。「反日度」の測り方とかいろいろ面白いこと言ってるので興味がある方は見てみるといいと思う。

さて、日本人以外の中国ウォッチャーはどうなのだろう。僕の目に留まったのはウィリー・ラムという人。この人は宮崎に「世界にあまたいるチャイナ・ウォッチャーのなかでも、一目おかれる存在」と言わしめるほどの大物らしい。どうも香港の「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」紙で中国政権の内部事情に関する特ダネを連発したが、反中国的な姿勢が嫌われて首になった人物のようだ。現在は香港CNNで毒舌を飛ばしているらしい。この人がどんなことを言っているのかよく知らないので評価は控えるけど、何故か幸福の科学の「心の総合誌」月刊「ザ・リバティー」に寄稿している。幸福の科学って反中国だったのか。知らなかった。でも、よく行く食堂のおばちゃんがいつも読んでる幸福の科学の本に自虐史観がどうのとか書いていたし、そっちの方向に傾いてるのかも。

とりあえず、中国ウォッチャーという人は「中国が嫌い」な人が多いということは言えそうだ。内田樹がブログの「現代中国論打ち上げ」というエントリで中国ウォッチャーについてこんなことを言っていた。

自分が「客観的情報」を提供しているつもりでいるときに、記述に必ず「主観的願望」が入り込むことを彼らが「勘定に入れている」かどうかについては吟味を怠らない方がよいと思う。
自分の欲望を勘定に入れ忘れて推論をする人間は、「私の予測は他人の予測よりも当たる確率が高い。なぜなら私が『当たるといいな』と望んでいるからである」という推論を自分がしていることを忘れている。
そのような推論の仕方がごく「人間的」なものであることを私は喜んで認めるが、それを「科学的」なものと呼ぶことには同意しない。
先日送ってもらったある総合誌を読んでいたら、何人かの論客が中国を論じていた。
彼らはほとんど例外なしに、中国の中央政府のガバナンスが機能せず、経済が破綻し、環境が劣化し、人民解放軍の暴走が始まる近未来を「予測」していた。
その予測はかなりの程度まで信じてよいことなのかも知れない。
しかし、彼らのその文章には「そのような事態」が到来することへの彼らの「期待」(ほとんど「願望」)が伏流していることに彼らが無自覚であることに私はつよい不安を抱いた。

やはり、「中国ウォッチャー」というのは「中国が嫌い」で「中国が崩壊することを望む」人が多いという評価はある程度共通しているのだろうか。

とりあえず、僕は○○ウォッチャーって頭がすごく悪そうだから絶対に名乗りたくない。

*1:もしかしたら編集部が勝手につけたのかもしれない。その場合は謝ります。

*2:ちなみに、"アメリカウォッチャー"は1720件、"フランスウォッチャー"は7件だった。結構○○ウォッチャーって人々は存在するのかも。そういえば件のRA○さんは「半島ウォッチャー」って自称していたな。

*3:http://www.bk1.jp/product/02279777

「自称中道の一般庶民代表」という人間の知的怠慢

id:toroneiという人からトラックバックが来た。この方、なにやら「市民感情」を代表しているつもりみたいだけど、こうやって無邪気に「庶民」を代表した発言をする人ってなんでこんなに多いのだろうか。市民運動をしている人間またはそれを支持する人間は「浮世に着地していない*1」らしい。こういった人たちも「市民」の一員だとは思わないんでしょう。権力の暴走に対抗する上での市民運動の重要性っていうのが全くわかっていないんだろうね。例えば、現在の核兵器への否定的な評価が広まったのも杉並の主婦がはじめた「市民運動」がきっかけだったんですが。

市民運動を否定する人は、北朝鮮のような体制の下でも同じことを言うのだろうか。お上のやることに反対する人間は一般庶民じゃないと判断して、「一般常識が通用しない」などと平気で言える人間は、北朝鮮では「将軍様万歳!」と率先して叫んでいるタイプなんだろうか。

こんなことを言うと、「日本は民主主義国家で状況が全然違うじゃないか!」と反論してくる人もいるだろうけど、権力の暴走ってのは決して全体主義国家だけに存在するものではない。民主主義的な手続きを経て権力が暴走していく例など数多存在する。ナチスが権力を握ったのは民主的な手続きに基づいていたということなんかは知っていても、「自分には全く関係のないこと」としか考えられないのだろうね。

こういった権力の暴走を阻止するのに市民運動は大きな力を持つ。わかりやすい例を出せば、黒人市民権運動を成功に導いたのは、決してキング牧師などの「活動家」のみの力ではなく、白人も含めた多くの「一般市民」の参加があったからこそなのである。ベトナム戦争終結に導いた大きな要因も「一般市民」による反戦運動であることに異論を挟める人はいないだろう。

僕は何も「お前も市民運動に参加しろ。参加しないような奴はくずだ」なんてことは言ってない。僕も別に運動してないし。ただ、こういった市民運動を弾圧して萎縮させるような判決を自分には関係ないからといって「理解」してしまう、想像力が欠如している人間が決まって「庶民感情」などを代表していると考えていることに非常に違和感を覚えるのだ。

こういった行政に異議を唱える人を「思想屋」とか「プロ市民」などと揶揄するような「自称中道」の「一般市民」たちが非常に幅を利かせている状況は危険だとおもう。小泉のパフォーマンスにだまされたのもこういった人たちなんだろう。ただ、こういった人々は良くも悪くも「あんまり考えてない」人が多いから話してみると理解してもらえることも多いのが救いではあるけれど。

*1:よくわからない表現だけど

立川ビラ訴訟の裁判官今井功ってどんなやつ?

昨日立川の自衛隊官舎へのビラまきで住居侵入罪に問われた裁判の上告が棄却された。またとんでもない判決が出たものである。また一つ生きづらい監視社会へと近づいた。この事件は警察が自衛隊情報保全隊と協力して立件したという事実が赤旗によってスクープされている。警察が立件するために自衛隊に被害届けの提出を依頼している(住民の自発的な提出ではない)時点で明らかな思想弾圧事件である。
この件に関しては中日新聞記事が興味深かった。

反戦ビラ配布で処罰は合憲 最高裁が上告棄却「他人の権利侵害」
2008年4月12日 朝刊

 東京都立川市防衛庁(当時)宿舎の新聞受けに、自衛隊イラク派遣に反対するビラを許可なく入れたとして、市民団体のメンバー3人が住居侵入罪に問われた事件の上告審判決で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は11日、「表現の自由は無制限に保障されるわけではなく、他人の権利を害する手段は許されない」と被告側の上告を棄却した。一審の無罪判決を破棄、3被告を罰金20万−10万円とした東京高裁判決が確定する。

 政治的意見を記したビラの戸別配布について「居住者が平穏に生活する権利」の侵害を理由に処罰することが、憲法の保障する「表現の自由」に違反するかが争われた。最高裁として初の判断とみられ、市民レベルでの政治的活動の在り方に影響を与えそうだ。

 判決はビラの内容とは関係なく、ビラを配るという表現の「手段」の是非について検討。「表現の自由の行使でも、官舎の共有地に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権を侵害し、私的生活の平穏を害する」と指摘した。

 さらに官舎の敷地がフェンスで囲われ、出入り口などにビラ配りを禁じた掲示があったことを重視。住民から被害届が出されており「被害が軽微とはいえない」と述べた。裁判官3人一致の意見。

 3人は市民団体「立川自衛隊監視テント村」の大西章寛被告(34)、高田幸美被告(34)、大洞俊之被告(50)。

 被告側は、政治的なビラ配りに刑事罰を科すのは、表現の自由を保障した憲法21条に違反すると主張していた。

 一、二審判決によると、3人は2004年1月、立川市防衛庁宿舎内に入って、玄関ドアの新聞受けに「自衛隊イラク派兵反対」などと書かれたビラを投函(とうかん)。大洞被告と高田被告は2月にも立ち入った。3人は逮捕後、75日間にわたって拘置された。 一審の東京地裁は、懲役6月の求刑に対し、「ビラ配りは憲法で保障された政治的表現活動。住民の被害は小さく、刑事罰にするほどの違法性はない」と無罪とした。しかし、東京高裁は「住民の不快感を考えれば被害は軽微ではない」として3人に罰金刑を言い渡した。

 人権団体のアムネスティ・インターナショナルは04年、3人を思想信条を理由に拘禁された「良心の囚人」に日本で初認定した。

ビラを配られることで「平穏な生活が害される」と感じるとはどれだけケツの穴が小さいのだろうか。判決では住民の被害届けを重視しているみたいだけれど、それに関しても上で述べたようにあやしい状況である。しかもこの三人の被告は75日も拘留されている。議員が395日も拘留された志布志事件を思い出してしまった。アムネスティが「良心の囚人」という認定をしていることは全く知らなかったが、こういう情報はどんどん書くといいと思う。

ところで、この判決を出した最高裁第二小法廷の今井功裁判長ってなんか聞いたことある名前だなと思って調べてみた。この名前聞いたことがあるのは当然で、ここのところ立て続けに問題のある請求棄却を連発していたのだ。

請求棄却と記した時点でわかると思うけど、袴田事件横浜事件の再審請求を棄却したのがこの今井功という裁判長なのだ。その他では、桶川ストーカー事件で警察の怠慢と殺人事件発生との因果関係を否定した判決を出したのもこの裁判長。日本の戦争犯罪に関心を持っている人なら、西松建設の中国人強制連行損害賠償訴訟で初めて中国人に個人請求権はないと判断した裁判長として記憶しているかもしれない。ただ、この判決においては強制連行の事実と西松建設が劣悪な環境で働かせていたことは認定している。

ネトウヨにとってはこの裁判長は百人斬り裁判で原告敗訴の判決を出したにっくき裁判長かもしれない。今回の判決を受けて、ネトウヨたちがどのように反応するのかはちょっと興味がある。でも調べるのはめんどうくさいな。

とりあえず、次回の総選挙時にはバツをつけてやろうと思ったけど、前回の総選挙で審査の対象だったからしばらくは無理みたい。それまでこの名前は記憶しておくぞ。

[追記]
書くのを忘れていたけど、高知の白バイ事故冤罪事件の担当がこの裁判官なのだ。このままでは検察の主張が全面的に認められる可能性が高いような気がする。なんか手はないものかね。

「チベット僧になりすまそうとする人民解放軍兵士」という写真のデマ

toremoko2008-04-04

チベット情勢が世界の注目を集める中、発端であったラサの「暴動」が中国政府の工作員によるやらせであったことを示す写真が見つかったという怪情報がネットの海を駆け巡っている。

僕がこの情報を知ったのは、ヤフーのクリックリサーチ、意識調査の「憲法改正の賛否分かれる」という板のある常連の投稿によってだった。この産経大好き歴史修正主義者のR○M*1という常連が

おはようございます。イギリスのメディアに、「チベット僧になりすまそうとする人民解放軍兵士」の写真が出ました。例によって、はねられるのを防止するために*2、tをqに変更します。hqqp://buddhism.kalachakraneq.org/chinese-orchesqraqing-rioqs-qibet.hqm 騒動の発端と噂されていた事の証拠でしょうか?
08/4/2(水) 午前 10:34 [ R○M ]


と嬉しそうに言っているので、どれどれと見に行ったわけだ。そのサイトがこれ。普通の人なら、このサイトのトップにある写真が「証拠写真」なわけはないと感じると思う。もし工作活動をするんだとしたら、こんな人目につくところで軍服を着た集団がチベット僧の僧衣を取り出したりするわけはないから。どうもおかしいなと思ってよく読んでみると、

This is an illustration of what I think happened:

と書いてあり、更に下には

This is not an uncommon 'tactical move' from the Chinese government,
as could be seen on the back-cover of the 2003 annual TCHRD Report
This photo was apparently made when soldiers were ordered to put on robes to play as actors in a movie.

と書いてある。一体どういうことかと読み進めていくと、カナダの新聞がイギリスの情報機関がチベットの暴動は政府の工作員がやったやらせであったというダライ・ラマの主張を裏付けたと報じた(元記事はこれかな)ことから、このサイトの中の人がこんな感じかなと引っ張ってきた全く別の写真だった。

この記事が報じていることが事実であれば、中国政府は決して容認できない最悪のことをやったことになる。ただ、これだけでは判断できないので続報が出るまで(出ないかもしれないけど)判断は保留する。

さて、この写真の情報の発信源となったのがどこかは知らないけど、恐らくはネトウヨ系サイトなのだろう。今日になったら早速たくさんのネトウヨが飛びついていた。どうやら

中国のラマ僧「暴動」工作 チベット僧になりすまそうとする中国警官の写真がイギリスのメディアに暴露された

というコピペが出回っているようだ。この言葉でググッたら宮崎正弘とか草莽崛起とかおなじみの名前がずらり。興味がある人はググッてみるとよいよ。

普段はリテラシーがどうのといってる連中が自分たちに都合のよい情報だとこの体たらくである。情報に対するリテラシーってのは、自分に都合のよい情報であればあるほど慎重でなければならないというのが基本だと思うのだけれど、それをわかっていない人間のなんと多いことよ。

またひとつネット上を駆け巡るデマが生まれた。

ちなみに、掲示板上で突っ込まれたR○Mさんは

おはようございます。少し、情報が錯綜しているようです。写真は2003年のものだという話もあり、混乱しています。正確な事が分かれば、またご報告します。
08/4/3(木) 午前 9:31 [ R○M ]

と言い訳をしていたが、(ネトウヨサイト界でも議論になっていたのだろうか?)

【ロンドン、3月20日:英国のGCHQ(宇宙から電子的に世界の半分を監視する政府通信本部諜報機関)は、ダライ・ラマのいう、中国人民解放軍(PLA)の諜報員が僧のふりをして何百人ものチベット人を殺傷する暴動を扇動したという主張を確かめた。】というのを読んで、【2003年度のTCHRD(チベット人権民主センター)レポートの裏表紙で見ることが出来るものは、珍しくもない中国政府の『戦術移動』です。】を見落としていました。従って、あの写真は、今回のものではないようです。
08/4/4(金) 午前 0:04 [ R○M ]

と全面撤退したみたいだ。まあ、この人物は反省することができないから、このことから何も学ばないのだろうけど。

*1:一応伏字。あびるんとかこもりんのとこの常連さん。

*2:以前チベット関係のURLを貼ろうとして貼れなかったらしく、本人はヤフーの検閲だと主張している